野田公夫筆<「誰のための市史」なのか?―『新修彦根市史第四巻 現代
』発刊中止問題の実際―>(近江同盟新聞2014年4月5日付)
(PDFファイル)
学会・研究者への執筆者アピール(2013年11月15日)
彦根市会議員への執筆者アピール(2013年10月24日)
民事調停申立書(2013年12月16日)(PDFファイル)

 彦根市会議員への執筆者アピール
 彦根市議会議員 各位

            新修彦根市史「現代」問題と私たちの立場
                         通史編「現代」執筆者グループ

 時下ますますご健勝とお慶び申し上げます。
 さて、突然お手紙を差し上げる非礼をお許しください。私たちは、新修彦根市史第4巻、通史編「現代」の執筆者グループです。この度、市史「現代」の発行問題につきまして、市会議員の皆さまに是非ともご理解を賜りたくお手紙いたした次第です。
 議員の皆さまご承知のとおり、新修彦根市史は最終巻の第12巻「便覧・年表」まで発行されましたが、通史編「現代」はいまだに発行されておりません。その原因や事情につきましては、これまで市当局から社会に対し、まったく虚偽の説明がなされてきました。そして現段階では、彦根市史編さん事業そのものが打ち切られ、「現代」は永遠に未発行のまま終わろうとしています。
 私たち執筆者グループは、これまで市との委託業務契約書に基づく守秘義務をまもり、対外的に事の真実を明らかにすることを控えてまいりました。できるだけ穏便に解決することを最優先にしてきたからです。しかし、その期待が裏切られようとしている以上、彦根市民の知る権利にもこたえ、多額の税金の使途を監視する市議会の議員の皆さまにも、市史「現代」問題の真実を正確にご報告すべきであろうと決断いたしました。
 問題の原因は、前市長獅山向洋氏の編集過程への介入によるものと、私たちは考えます。まず原稿執筆の最終段階で、市長から執筆範囲の一年延長・行政施策を中心にした追加執筆の要請があり、やむなく編集委員会で了承しました。次いで、全原稿が完成し、副市長まで行政の検査が合格し、印刷・製本過程に入ろうとした段階で、2010年6月前市長の「政治判断」で「平成22年度の刊行を見合わせる」とされました。
 その理由として、「新聞記事を多用し過ぎ」「記述が週刊誌的だ」など前市長の不満が伝えられました。一般的・抽象的な理由が多く、私たちはどこをどう修正すべきか文書で指示するよう度々要請しましたが、最後まで出されませんでした。この間、契約書通り原稿料が私たちに支払われる一方、前市長の発行差し止めの「政治判断」が下されたそうです。しかしそのこと自体、私たちには最近まで伝えられませんでした。
 しかるに、2011年12月5日の市議会で、突如、当時の文化財部長は、議会答弁で「史料に偏り、史料批判が不十分、重要な歴史事実の欠落、一面的な歴史解釈、読者に誤解を与える」などの理由をあげ、なんら具体的な根拠をあげることなく、一方的に私たちに歴史研究者失格の烙印をおし、編集体制・執筆者の変更方針まで表明しました。
 この方針も私たちには直接伝えられることなく、新聞記者の取材で初めて知りました。
 公開での反論も考えましたが、次期市長選まで1年余りという時期でもあり、無用な誤解を避けるためにも、選挙後まで静観することにいたしました。
 本年5月彦根市長が大久保 貴氏に代わり、市史問題の見直しが期待されました。しかし10月2日に執筆者グループ、10月7日に編さん委員を集めての「説明会」が設定され、その場で一方的に、「現代」は大久保市長の「総合的判断」で発行しない、編さん事業も10月で終了すると表明されました。
 7日の説明会で、大久保市長は、「現代」を発行すると「政治問題」になる、現代史は自治体史になじまないなどの理由を述べられましたが、具体的な判断根拠は何ら述べられませんでした。またこの時、私たちが提出した市史問題の質問状に対して、文書での回答を約束されたにもかかわらず、その約束はいまだに果たされていません(10月25日現在)。
 結局、私たち執筆者グループには、発行中止判断の具体的な理由や根拠、補正命令など重要事項の伝達や決定は口頭でも文書でも一度もなされず、契約書に基づいた紛争時の協議などもありませんでした。そして、私たちの知らぬ間に、一方的に市の決定が下されていたという事実を、今年10月の段階で初めて知りました。
 こうして、前市長の「政治的判断」といい、現市長の「総合的判断」といい、その中身やそこに至った理由は私たち執筆者には明らかにされないまま、全700頁の「現代」原稿は無に帰しようとしています。市側は、原稿を「成果物」として活用するなどと言っていますが、これは契約書にもない措置であり、私たちは相談を受けたことも了承したこともありません。このような不誠実な態度は、とうてい社会的に許されるものではありません。
 10月2日、市側は私たちに「現代」発行の中止と編さん事業の打ち切りを通告する一方、原稿の「問題点リスト」を提示しました。これは発行中止の口実つくりのため、新たに原稿のアラ探しをしたものですが、かえって市側の現代史や歴史研究への理解の浅薄さを露呈したものです。見過ごせないのは、人権感覚の欠如です。近江絹糸人権争議の問題で前獅山市長は記述が長すぎるとクレームをつけましたが、今回も著者の視点が「偏っている」などとクレームをつけています。これは歴史研究の現状や学問的到達点に無関心なだけでなく、人権問題そのものへの冷淡さを示すものです。
 以上、長々と市史問題の経過を報告してきました。この経過中、彦根市当局は、私たちが編さん大綱や編集委員会の方針、契約書に違反したということを、一度たりとも指摘できませんでした。まったく道理がないため、彦根市は、編さん委員会や編集委員会を開催することなく、「問答無用」でそれらの解散と編さん事業の打ち切りを強行してきたのだと思います。契約書を無視し、さしたる根拠もなく、まともに協議することもなく学問的研究成果を投げ捨てるような行為は、彦根市の歴史に重大な汚点を残すことになるでしょう。このような文化破壊行為が、世界文化遺産指定問題などに悪影響をもたらすことを、私たちは率直に恐れます。

 滋賀県下で、高度経済成長以降の現代史を記述していない自治体史は、彦根市以外ほとんどありません。私たちは彦根市民に、彦根の第2次大戦後の本格的な学問的通史を届ける責務を、何としても果たしたく思います。聞き取りや史料提供等協力頂いた多くの市民の皆さまにも、通史編「現代」として成果をお返ししたい、多額の税金を無駄にさせてはならない、事の真相を市民に明らかにしたい、そういった思いでいっぱいです。私たちはもはや沈黙をまもりません。著者として、研究者としての社会的責任をはたすため注、近く法的な対応に着手する所存です。その過程で、より詳細な内容を市会議員や市民の皆さまにお伝えしていきたいと考えております。
  
(注)2013年(平成25)1月25日の日本学術会議声明「科学者の行動規範」(改訂版、前文より)
「知的活動を担う科学者は、学問の自由の下に、特定の権威や組織の利害から独立して自らの専門的な判断により真理を探究するという権利を享受すると共に、専門家として社会の負託に応える重大な責務を有する。」

 市会議員の皆さま。
 大変長いお手紙となり申し訳ありませんでした。これも、彦根市にとって取り返しのつかない大事にならないよう切に願う私たちの真情ゆえと、お汲み取りください。どうか行政のチェック機関として、事の真相を今一度お確かめ頂き、市側の姿勢をただして頂きますようお願い申しあげます。どうもありがとうございました。

2013年10月24日


新修彦根市史・通史編「現代」執筆者グループ
            上野 輝将(元神戸女学院大学教授)
                岡田 知弘(京都大学教授)
                 小松 秀雄(神戸女学院大学教授)
              三羽 光彦(芦屋大学教授)
              木 和美(岐阜大学教授)
                野田 公夫(京都大学名誉教授)


 学会・研究者への執筆者アピール

 『新修彦根市史』・通史編「現代」発行中止問題について訴えます!
                                執筆者グループ
 
 初めてお手紙を差し上げます。私たちは、滋賀県彦根市の自治体史である、『新修彦根市史』の第4巻通史編「現代」の執筆者グループです。すでに新聞報道などによってご承知かと思いますが、この度、通史編「現代」の発行中止が言い渡されるという事態が起きました。これは、市長の一存で強行されたという点でも、執筆過程への介入が繰り返されたという点でも、刊行を前提として結ばれた執筆契約を無視したという点でも、決して容認できる問題ではないと、私たちは考えております。この問題につき、広く学問研究活動に従事されている研究者の皆さま、歴史系諸学会はじめ学術組織の皆さまに、事の真相と私たちの考えをお伝えし、ご理解とご支援をお願い申しあげる次第です。
 本年10月、彦根市当局は通史編「現代」の発行中止を私たちに通告し、全12巻(通史編・史料編等)のうち、通史編「現代」のみを残し、編さん事業の終結を強行しました。私たちは、約3年前に予定通り通史編「現代」の原稿を提出し、2010年2月には原稿は完成(3校目)しました。市は編さん室から副市長まで所定の検査手続きを済ませ、全700頁の印字原稿は印刷・発行するばかりとなり、同年3月末には私たちに執筆料も支払われました。
 しかるに、当時のS市長はこの最終段階の2月、突如、執筆対象期間を延長し自己の施政期間を中心に加筆することを強く要望し、発行も1年延期するなど執筆・編集過程に対する強引な介入を行ってきました。私たちもこれに押し切られ、発行時期も、2010年3月から2011年3月に変更となりました。ところがS市長はこれだけでは満足しませんでした。その後要求はさらにエスカレートし、「新聞史料を多用しすぎる」「視点が偏っている」「品格がない」「行政文書を中心に叙述すべきだ」など原稿内容のクレームにまで及びました。一部(自己の選挙戦の記述などへの不満)を除いては一般的・抽象的な「不満」としてしか示されず、研究者としての対応は困難でした。後にわかったことですが、S市長は原稿内容への「不満」を理由に、2010年6月に「政治判断」(市長の言葉です)で発行差し止めを編さん室関係者には命じていたそうです(私たちには知らされず)。私たちは、契約書にある補正を命じるのなら、文書で具体的に指示してほしいと何度も要求しましたが、一度も出ませんでした。
 結局、「市史」を専ら「市の行政記録」と位置付けるS市長と、「編さん大綱」や「編集方針」に基づいて、何よりも「市民にとっての歴史」を学術的水準に立脚して取りまとめたいという私たちの間で対立がとけず、市史原稿は放置されたままとなりました。
 本年4月の市長選挙で初当選したO市長は私たちに一度も会うことなく、「総合的判断」と称して「現代」は発行せず編さん事業を打ち切ることを一方的に通告してきました。編さん委員会も編集委員会も正式に開かれず、本年10月末をもって両委員会は解散させられました。現市長は、「前市長が決めたことを覆すと政治問題になる」などという「政治的配慮」を最優先し、原稿内容についても、近江絹糸人権争議という現代彦根が経験した重要な史実に応分の位置づけを与えることまで「偏向」であると主張し、発行中止という暴挙を正当化しようとしています。これは、同争議の現代的意義を明らかにしてきた歴史学の成果を踏みにじるものでもあります。
 市史問題の本質は、「首長による自治体史の私物化」にあります。思い返せば、歴代市長は市史編さん事業の「現代」に対して、「できるだけ直近まで書け」(前々市長N氏)、「執筆対象期間を1年延長せよ」(前市長S氏)、「生存者がいるから現代史は出さない」(現市長O氏)などと、編さん委員会や編集委員会の基本方針を無視し、自己の意向を押し付けようとしてきました。それらは結局、「自身と自身が担当した市政を顕彰せよ」という名誉欲のあらわれにほかなりません。
 私たちは、これまで「学術的水準を保ち」、「市民の視点と客観的見地からの市史」や、「人権尊重の視点を大切にする」など、編さん大綱の視点を踏まえた市史づくりに励み、市の職員である編さん室の事務局員とは10数年にわたる緊密な共同作業を継続してきました。その成果として、すでに近代・現代の史料編第9巻が2005年刊行され、それらをもとに「現代」の原稿は完成したのです。社会福祉、女性、マイノリティなど現代的視点も重視し、彦根市における第2次大戦後から21世紀への本格的な実証的通史として自負するものです。
 私たちは、出来ることなら穏便に話し合いで解決するよう努力してきましたが、問答無用で編さん事業を廃止し、私たちの原稿を無と化し、彦根市民の多額の税金を無駄にする市当局に対し、裁判に訴えざるを得なくなりました。私たちは、学問研究の自由を守り、長年の調査と歴史研究の成果を市民に届けるため、あくまでも市史原稿の刊行を彦根市に要求し、研究者としての社会的責任注を果たしたいと思います。

(注)2013年(平成25)1月25日の日本学術会議声明「科学者の行動規範」(改訂版、前文より)
「知的活動を担う科学者は、学問の自由の下に、特定の権威や組織の利害から独立して自らの専門的な判断により真理を探究するという権利を享受すると共に、専門家として社会の負託に応える重大な責務を有する。」

 研究者の皆さま、諸学会の皆さま、どうか以上のような彦根市史問題の性格と闘いの意義をご理解いただき、電子メールやニューズレター、学会誌などを通じて広く関係各方面に事の真相をお広めいただき、裁判闘争など私たちの闘いにご支援よろしくお願い申しあげます。

2013年11月15日

新修彦根市史・通史編「現代」執筆者グループ
        上野 輝将(元神戸女学院大学教授、日本現代史)
            岡田 知弘(京都大学教授、地域経済学)
           小松 秀雄(神戸女学院大学教授、社会学)
            三羽 光彦(芦屋大学教授、教育史・教育制度)
            木 和美(岐阜大学教授、社会福祉学)
          野田 公夫(京都大学名誉教授、農史学)